スティーブ・ジョブス追悼文「未来に当たり前にあるもの」の意味
とは言っても、テクノロジー自体が無くなるわけではない。むしろ、そのテクノロジーを使った装置の数自体は増えていく。でも、特定のテクノロジーが発達すればするほど、それは小型化し、他のテクノロジーの中に埋めこまれ、混ざり合い、人の眼からは見えなくなって、意識されなくなっていく。
家庭用モーターの歴史
以前読んだ技術史の本に、モーターが発明されたばかりの時代について書かれていた。
まだモーターというものがとても高価だったおよそ一世紀ほど昔のこと。その値段は当時のホワイトカラーの月収の半分程度であり、普通の家庭ではせいぜい一つしか買えなかったのだという。
だから、当時の家庭用の機械、例えばミシン、フードミキサーあるいはグラインダーのような動力を必要とする機械を使うたびに、一つのモーターをいちいち別の機械に付け替えて使っていたのだという。ここに当時の家庭用モーターの広告が掲載されていて、当時の雰囲気が分かる*1。
今、周りを見渡すと、ドライヤー、鉛筆削り機、時計、プリンター、水道のポンプやファンヒーターに至るまで、電気によって動く動力機はかなり多いことに気づく。
でも、今わざわざモーターのことを考える必要はとても少ない。モーターが無くては、僕たちの生活がほとんど成り立たないにもかかわらず、だ。
モーターは、もはや当たり前の事実として、インフラとして存在している。
未来に当たり前にあるもの
アップルの創業者、スティーブ・ジョブスが亡くなった。
僕は20歳頃から、ある程度自分で自由になるお金ができてからは、ずっと家用のコンピュータとしてはMacを使っている。携帯は日本で3Gが発売された時以来iPhone以外使っていない。
Apple信者に反感を感じながら、いつの間にか自分もApple製品から離れられなくなっていた。それは何故なのだろうと考えていたら、TwitterでAppleとイノベーションに関して、とても面白い発言を見つけた。
アップルで働くまで、イノベーションというのは「今にない、新しいものを作ること」だと思ってた。でもそれは違って、イノベーションというのは「未来にある普通のものを作ること」なのです。この違いを理解できるまでかなり時間がかかった。
http://twitter.com/#!/chibicode/status/33769337827368960
そう、Appleの製品、とりわけiPhoneは、"未来"のあるべき姿だった。常に手元にあり、意識せずともネットワークに常に接続されていて、必要なアプリケーションに即座にアクセスできる。そのようなiPhoneをスタンダードとして見れば、一般のPCやインターネット接続の形の方が、むしろ奇妙なものに見えないだろうか? まるで、一世紀前の家庭用のモーターのように。用途の必要性からではなく「インターネットに接続するためのコストが高いから」という理由で設計が歪められた、ちぐはぐなもののように感じられる。
おそらく、今後インターネットやパソコンは消えていくのだと思う。もちろんそれらが無くなるわけではない。でも、インターネット上での発言は細切れにされ、そして情報を発信するための時間・技術・金銭的なコストは0に近づく。そして、電気を扱うもの、情報を扱うもの、そういったデバイス全てが意識されずにインターネットに接続される。そして、インターネットが無ければ全ての人の生活が成り立たないにも関わらず、誰もインターネットがのことを意識することはない。そういう当たり前のインフラとしてコンピュータとインターネットがある未来、多分それが、ジョブズが思い描いた未来であり、iPhonはその一里塚だったんだと思う。
残念なことは、彼が想像した未来の完成形を僕たちが見ることができなかったことだ。
スティーブ・ジョブスのご冥福を心から祈ります。
*1:上記画像の中央にあるのが家庭用のモーター(Home Motor)。いくつかのアタッチメントの広告も一緒に掲載されている