僕は(あなたも)ワルクナイヨワクナイ

問題の原因を、(自分も含めた)誰かのせいにして断罪するのを止めたい。


よく、弱音を吐くと「自分がうまくいってないことを、人のせいにするな」といわれることがある。だけど、あらゆる問題の原因を個人個人の属性としてしまえば、<社会>に適応できない人間がクズであり治療するべきなのであって、社会システムの側には何も解決すべき問題はないということになる。<社会>は真のユートピアだ。自分はこれまでそうやって「自分のせい」にして生きてきた.うまくいってるうちは良くても、一度物事がちゃんと運ばなくなったときには、それはすごく苦しい。

だけど、社会って何も問題のない、無謬なもんじゃないだろ? 人のせいにすることを禁じられ、あらゆる問題を自分の責任にすることをされた人は、どんどん自信を失ない、何の行動もできない、本当のダメな人間になっていく。


だからこそ、一旦は他人のせいに,社会のせいにするべきだと思う.

自分の外部に本当に原因があるんだったら、それを変えるなり避けるなりの努力をすればいい。そうでなくても、自分のせいにして延々とやる気を失なうネガティブな袋小路に入るよりはぜんぜん生産的なはずだ。問題に陥った原因を一つ一つ切り分け、個人と社会のどちらに属するのかを見極めていく必要がある。

そのための方法として、動けなくなってしまった自分を救う方法として、社会の側へ責任を押しつける方法は有効なはずだ。(逆に、あらゆる問題を社会の側へ押しつけて、それに適応できない自分に何の問題もないと考えるのも、究極的にはテロしか生まない不毛な道だとは思うけど。)


社会がクソであるとしても、自分がクソであるとしても、そのクソ社会のなかでクソ自分が生きて行かなければならないことはどうにも変わらない。過剰な自己責任に悩むこともなく、クソな社会の中でクソな自分が生きていく方法、それを探していくべきだ。


そういう考えのもとで、自分が気持ち良く生きていける方法を模索していきたいです。